この例大祭は、大畑地区の市民から八幡さまとして親しまれている大畑八幡宮の例祭で、例祭の中でも一番にぎやかな祭りです。市民から「大畑祭り」と呼ばれている祭りが、この例大祭です。
 毎年9月14日から16日の3日間行われます。この3日間のうち、14日が宵宮祭、15・16日には、本祭と御神輿の渡御(※1)が行われます。15日はお渡りで、春日神社をお旅所とし、16日に還御(※2)します。
 本祭の15日夜の春日神社、16日夜の大畑八幡宮では、渡御した御神輿が「ハンユイ」の掛け声と共に、白張り姿の若者たちの担ぐ雄姿が見られます。
 また、この渡御のほかに宵宮祭では、大畑八幡宮神楽殿において、能舞や神楽の郷土芸能が演じられ、16日の最終日は、昼に大畑漁港で「浜祈祷(※3)」、夜に目抜き通りで能舞と神楽による一斉振り・山車の乱囃子が盛大に行われ観客らを魅了します。 

 この渡御(還御)にかかわる行列は、平成12年「青森県指定無形民俗文化財」に指定されました。

運行

大畑八幡宮例大祭の歴史

 古くから大畑八幡宮は郷社であり、近辺の村人たちが、神楽を奉納したり、また人足として参加し、支えていました。現在の例大祭の原形ともいえる祭りの様子が、村林源助著「原始謾筆風土年表」や笹沢魯洋著「大畑町誌」に記されています。 

 『享保三年(1718)、本町より八幡山繰出。五年には南町より山神台も出来、六年に東町飾台出き。・・・新町は押大名の儀仗行列と変わり、其後湊よりも明神丸船車出せり。・・・』
 寛保元年(1741)新町の火事で儀仗行列道具を焼失し、翌々年の寛保三年(1743)飾台飾りを出す。
 延享三年(1746)南町は山神台をやめ、神輿を担ぐように分担された。
 文化七年(1810)春日神社の神輿が大畑の街を巡行。・・・

 昭和に入り、大新町「放生会」より湯坂下、中島が別れ、それぞれ山車(豊榮會・中島山)を出し、その後、上野(天女丸)が船車を出す。

渡御の順序(神楽/御神輿/役人/山車)

 先導役-榊(松)-猿田彦(天狗)と、大神楽-上野能舞-湊神楽-関根橋神楽-四神旗(青龍/玄武/朱雀/白虎)、その他、旗-神職(別当)-御神輿-役人(総代他)-小目名神楽-正津川神楽-本町『八幡山』-東町『鞍馬山』-湊『明神丸』-新町『放生會』-湯坂下『豊榮會』-中島『中島山』-上野『天女丸』

御神輿

 御神輿には他とは違い御神体そのものが遷されており、町内をめぐり各家庭を祝福してまわり、各家庭では道路に面した座敷に屏風をめぐらせ、祭壇をつくって米・お神酒・果物などを供え、御神輿をお迎えします。
 普段神社に参拝できない人たちはその場で拝礼します。

能舞・神楽

 能舞・神楽は各家庭を一軒づつ門打ちして歩き、獅子頭は権現様と呼ばれ、神仏の霊が宿っており、昔から信仰されてきました。その家の厄災を祓い清めて歩く役目とともに、その行列をにぎやかにします。

山車

 各山車は町内を代表するものであり、その町内の老若男女がそろって引く勇壮さ、飾りの豪奢さ、囃子の華麗さを競い合い、優雅に、時にはにぎやかに運行します。