脇野沢地区の八幡宮例大祭は、毎年8月15日から17日までの3日間にわたって盛大に行われます。
 脇野沢八幡宮例大祭は、二百数十年前に北前船で活躍した商人達によって始められ、彼らが脇野沢本村に定住していく過程で祭礼に関与していったと言われています。寛政年間に神輿や神具一式が能登の商人からもたらされ、神輿渡卸による祭礼が始められました。その後も本村の夏祭りには、海運による経済的発展でもたらされた山車神楽などが加わって拡大し、船山、蛭子山の山車、新井田・瀬野からは道中神楽、滝山神楽、源藤城神楽、さらに、九艘泊・寄浪からは神輿担ぎらが町内を練り歩き、今では脇野沢地区を代表する夏祭りとして親しまれています。

例大祭で本村地区を練り歩く神輿・神楽など

新井田・瀬野神楽

今から190年ほど前、脇野沢の佐渡屋六郎エ門が加賀の国・三国から下し、本村港町三国屋茂平家に祀っていたと伝えられており、その後、神楽を新井田に寄贈したもので、その後、瀬野へ分家する家が多くなったので、新井田・瀬野神楽となった。

 

八幡宮神輿

寛政年間に神輿や神具一式が能登の商人からもたらされ、8月16・17日に九艘泊・蛸田・寄浪地区の若者が神輿を担ぎ、練り歩いている。

 

 

船山(山車)

船山は全長5メートルほどの船に台車をつけた山車で船名は「鳳凰丸」。船山は山車に菊童子を乗せます。菊童子の人形は文化7年(1810年)にもたらされ、当初は蛭子山と船山の間で台車に乗せて曳いていた。

 

蛭子山(山車)

蛭子山では、山車に蛭子様を乗せます。蛭子山は、台車の上に屋形を取り付けた屋台で、蛭子山が出来たのは、文化10年(1813年)で氏子の発願により蛭子人形を招来したものだと伝えられています。

 

 

各地区の神楽

滝山神楽

祀られた時代は不明であるが、滝山の獅子舞はむつ市の栗山から師匠をとっていて、獅子は雄獅子であるため、振り方は勇壮なものである。毎年、八幡宮祭典と正月の門打ちに神社から下ろしている。

 

 

源藤城神楽

源藤城の獅子舞は東通村目名から師匠をとっている。獅子舞は雌獅子で振り方、拍子もおとなしい調子で構成されている目名の人がかなり以前から芸能を伝授したという経緯があり、山仕事の関係によるものとされている。

 

九艘泊神楽

九艘泊の獅子舞は古くから伝えられているが年代は不明である。大正から昭和にかけて一時衰退し伝承できなくなり、終戦後に滝山から師匠を招いて滝山の獅子舞が伝授され現在に至っている。

 

 

小沢神楽

小沢の獅子舞は東通村目名において伝承されているが年代は不明である。現在、奉神会の手で保存され、小沢八幡宮祭典及び御祭礼の時に奉納されています。獅子は2人使いであり、獅子の左右にはササ振りが一人ずつ付く。