映画監督 川島雄三

画像:川島雄三 川島雄三は1918年(大正7年)2月4日、青森県下北郡田名部町(現在のむつ市)に生まれる。田名部尋常高等小学校から旧制野辺地中学(現野辺地高等学校)で学ぶ。
 1935年、明治大学専門部文芸科へ進み、映画研究部に所属。1938年、松竹大船撮影所助監督採用試験を受け入社。最初についた監督は、渋谷実(「女こそ家を守れ」)。1943年、監督試験で川島雄三は主席合格。
 監督第1回作品は、織田作之助原作・脚色による「還って来た男」。松竹・日活・東宝・大映と移籍を繰り返し、生涯で51本の作品を残した。
 1963年6月11日朝、東京・芝の日活アパート9階の自室で急逝。直接の死因は「肺性心」。傍らには「江戸商売図絵」と読みかけの「中央公論7月号」が開いたままであったという。遺作は、東宝映画「イチかバチか」である。待機作(急逝により未完)3本。

 川島雄三ってどんな人?(平成26年むつ市政だより連載)

 図書館では、広報むつ(むつ市政だより)の平成26年5月25日号から12回にわたり、毎月下旬号にて『川島雄三ってどんな人?』という連載を行っていました。
(執筆:『映画監督川島雄三を偲ぶ会』会長の高瀬厚太郎氏、地域史研究者の鳴海健太郎氏)
 

 なお、広報むつ(むつ市政だより)は、過去のものも含め下記アドレスよりwebで閲覧できますので是非ご覧下さい。